ロンドン
2018年6月

大英博物館

木目金の刀の鐔等の作品は明治時代に海外のコレクターに美術品としてコレクションされ、今では世界中の著名な博物館等に収蔵されています。今回は6月に行ったイギリスの博物館調査の内、まずはロンドンの大英博物館所蔵の木目金作品の調査の模様をお伝えします。

   

大英博物館が所蔵していることが判明していた木目金の作品は普段は展示されず収蔵品庫に保管されています。1981年にコリングウッド・イングラム(Collingwood Ingram)氏(1881~1981)が亡くなった際に大英博物館に寄付されたものです。彼は鳥類学者であり、またその研究に関連して植物のコレクターでもありました。ビクトリア女王時代の19世紀後半に日本から観賞用の桜が多く持ち込まれ、可憐さからその後ブームとなります。イングラム氏も日本を3度訪れて桜を収集し日本の桜に関する世界的権威となりました。このように日本との縁が深く、そのため日本美術、特に根付のコレクターとなった彼の手に木目金の鐔も収められたのでしょう。桜とともに海を渡った鐔に1世紀近くぶりに我々日本人が再び出会う機会だったかもしれません。

 

今回の調査は、事前にアジア美術部門に日本杢目金研究所から調査希望を伝えたところ許可がもらえたため渡英調査の運びとなりました。6月中旬のその日は開演前から多くの人々が入口で待っていました。大英博物館は全世界の人々に入場無料で公開し、任意の寄付BOXが設けれられています。貴重な作品の保存・展示に係る費用の多くは寄付で賄われているため、我々もささやかながら協力し、早速開館と同時に指定された調査室に向かいました。

アジア美術の展示室横に位置する調査室の扉をノックする時は緊張しましたが、笑顔で迎えてくれたのが、ダリル・タッパンさん。大英博物館の所蔵品の管理や調査業務のアシスタントの方で、彼女から収蔵庫の様子や管理方法を聞き取りし、また、イギリスで日本美術に詳しい他の博物館を教えていただくなど、この日はとても親切に私たちの調査を手助けしてくださいました。

   

調査室の広々としたテーブルは作品を傷つけないように全面がクッション性のあるフェルト状の敷物で覆われ、さらにその上に薄紙が敷かれていました。持参したデジタル顕微鏡や測定器具を設置し、用意されていたゴム製の手袋を装着して調査開始。

大英博物館調査場
   

テーブルには既に木目金の作品である刀の鐔が用意されていました。木目金の鐔1点と、木目金風の装飾の鐔1点です。WEBの画像でしか見たことのなかった木目金の鐔の実物に対面できて大感動!の瞬間です。

木目金の鐔1点と、木目金風の装飾の鐔1点
   

いよいよ鐔を手に取り全体の大きさや重さなど詳細な計測を行います。鐔は一見平面に見えますが鐔の中心部分の方が厚みがあるように作られていることが多いため、中心から鐔の縁まで放射状に計24か所の厚みや櫃孔(ひつあな)等を計測します。また各部分の撮影は顕微鏡も使用して何か所も撮影を行いました。

顕微鏡を使用した撮影
   

この結果WEB画面だけではわからなかった新たな発見がありました! 鐔の表と裏の面と側面の縁に当たる部分は別々に制作されることが多いのですが、この鐔は表面の木目金の板をそのまま側面にまで加工しています。木目金の模様が側面にまで続いていることからわかります。後から巻き付けたかのような縁(ふち)を同じ一枚の板から木目金の模様を崩さずに制作するのは大変な技術を要します。

木目金の縁
   

また、鐔の表と裏で「虫食い跡」を表現していると思われる形状の部分は、鋼鉄製の型を木目金の板の上から打つことで作成されていました。木目金の模様が続いていることからわかります。さらに型の中を魚々子(ななこ)と呼ばれる先が粒状の鋼鉄製のタガネを用いて装飾しています。今回の詳細な観察を通して、何種類かある虫食い跡が同じ大小の型をいろいろに組み合わせて変化をつけて表現されていることもわかり、その見事な制作技術に感嘆しました。

この鐔をイギリスに持ち帰ったイングラム氏は、鳥類や植物の研究者です。木目金で表現された模様や、虫食い表現など、自然を表現する日本人の繊細な手わざに感嘆し、愛でたのではないでしょうか。本当に素晴らしい作品は、時代も国の違いも超えて何世紀にもわたって守り伝え継がれるのだと改めて感じた調査でした。

 

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