復元制作実験
1.素材の準備
紋様のトレース分析によって確定した銅6枚、赤銅5枚、金3枚、銀2枚のそれぞれの板材を用意した。今回、使用した合金は純銅を基準として加工性を考慮し硬度が一定になるよう金はK20、銀は970を使用することとした。今回板材の寸法の決定には非常に悩んだ。高橋一派の木目金(杢目金)に見られる、積層を鏨やドリル状工具によって彫り下げたあと鍛造加工により平板にした単純なものであれば、大きめに杢目模様を作り必要な部分のみ切り取ることが可能である。しかし、この木目金(杢目金)はねじり加工が加わるため、大きめに作り切り取ることが不可能であることから積層段階の寸法が最終仕上がり寸法を決定することとなる。表面積に関しては明確なのだが厚みに関しては今回、紋様から推測し決定した。その基準としたのがほぼ同心円の波紋状の紋様の彫り下げる深さである。紋様の細部を観察するとトレース分析の結果から16層のうち半分をこえる金属の積層枚数が波紋状の紋様の構成要素となっていることが確認できた。厚みのある積層では高低差が出来すぎ外形や流線型状の紋様に著しく影響を及ぼすため、仕上がりの木目金(杢目金)の厚みの寸法はごく薄い板材と判断。最終的には彫り下げの加工時に紋様の状態を確認しながら平板状に鍛造する段階で調整することとした。
推定した完成予想寸法から質量保存の法則をもとに、積層後の端部の不完全部の除去や金槌による平板材に鍛造加工するときの圧縮なども見越し7ミリから8ミリ相当の積層した角棒からの制作と決定した。寸法に幅があるのは木目金(杢目金)技術の性格上その時の積層の状態や紋様の雰囲気によって制作者の経験と勘に頼る部分が多く、また少しの工程の差が最終的な仕上がり寸法や紋様に影響を及ぼす為厳密には寸法の確定が不可能なのである。実製作の前に銅の角棒を用いて何回もシュミレーションを行なったが、実際の積層では前述のごとく様々な要因から素材の変化に柔軟に対応することを強いられる。したがって最終的な決定は作業上においてのみ行なわれ最後の最後までフレキシブルに対応せざるをえない状況がつづく技術なのである。今回、平板への圧延加工は全て金槌にて行なう為、縦方向、横方向の延ばす率は調節可能である。角棒は仕上がりの平板の体積より推定し、ねじり加工を行なうのに適したバランスを選択した。
2.積層の接合
下処理としてまず用意したそれぞれの板材を紙やすりの600番、800番、1000番、1200番、1500番と順番に使用して研磨、その後炭とぎを併用し丁寧に表面を均一に仕上げた。その後分析した順番に積み重ね、過熱、鍛接加工。木目金(杢目金)は情報不足やその工程の複雑さから正確に理解され難く、溶着、融着などと語られることが多いが厳密には拡散結合の表現が正しい。金属表面同士を相互に原子レベルに及ぶ程度まで接近加圧すると、金属結合がおこる。原理としては二つの金属を密着させることによって接合することが可能とされる。木目金(杢目金)はこの拡散結合の原理をもとに加熱、加圧の手段を用いて色の異なる金属を固相体の状態のまま結合させる技術である。要するに金属を溶かし付けるのではなく固体の状態で結合させる方法なのである。工業的には、自動車の駆動部品などの生産に広く応用されている技術である。木目金(杢目金)はこの原理を使用し、それぞれの金属独自の色合いを損なうことなく紋様を作り出すに耐える結合を実現することによって可能となる特殊な金属加工技術である。細部を検査し積層が不完全な部分を除去した後、7ミリから8ミリ相当の角棒状に金槌を用いて鍛造加工を施す。
3.ねじり加工
トレース分析により、ねじり加工は表、裏、表、裏の合計4回の逆転が行なわれていると判明。鍛造成形した角棒を上記4回の逆転がおきるよう積層順に注意しながら加熱、焼鈍を繰り返し少しづつ慎重にねじり加工を施す。その後、再度角棒状に鍛造成形した。
4.紋様の彫り下げ加工
前述したが、紋様の細部を観察するとトレース分析の結果から16層のうち半分をこえる金属の積層枚数が波紋状の紋様の構成要素となっていることが確認できた。このことはねじり加工を加えたあと積層の半分以上の深さまで鏨やドリル状工具によって彫り下げたことを意味する。厚みのある積層でこれ程までの深さに彫り下げると、平面に金槌で打ちのべる際高低差が出来すぎ全体の外形やねじり加工による紋様に大きな影響を及ぼす。実際には一回で彫り下げるのではなく、ねじり加工した角棒をある程度まで平板状に加工したのち、彫っては打ち、彫っては打ちという工程を十数回にわたり繰り返しおこない紋様を作り出していく。今回、ねじり加工を施した角棒材を約半分以下の厚みになるまで金槌をもちいて鍛造した。木目金(杢目金)は本来その工程上同じ紋様は二度と作り出せない技術であるが今回、可能な限り江戸時代の紋様に近づけるようルーペを用いて、鏨や回転工具の彫り下げの深さや形状を確認しながら丁寧に作業をすすめた。ヤスリなどの切削工具を使用すると紋様が変化してしまうため、完成寸法に到達する時点で紋様が平坦になるようタイミングをはかり仕上げまで金槌を用いて表面を均一にならし完成とした。
5.色上げ
今回、東京芸術大学で使用している水1リットルに対し硫酸銅3グラム、緑青3グラム、明礬少々の割合の煮色液を使用した。下処理として色上げ直前に紋様が変化しないよう注意しながら丁寧に名倉砥石、朴炭、桐炭の順番に研ぎをおこなう。重曹により脱脂したあと大根おろしを塗布し沸騰した煮色液の中に入れる。色の状態を見るため、液中よりとり取り出して重曹で表面をかるく擦り再度大根おろしを塗布して液中に入れることを繰り返す。色味によって薬品を微調整して、最終的に20分ほど煮込み着色。良い色になった時点で液中よりすばやくとりだし水のなかに浸す。蜜蝋を表面の保護と艶出しの為塗布し完成
最後に
日本が世界に誇るこの特殊な金属加工技術の奥の深さを改めて感じた。今回の研究制作は私にとって単に江戸時代の木目金(杢目金)の紋様の再現との意味合いだけでなく、当時の作業工程を実験することにより、出羽秋田住正阿弥伝兵衛の感性を身を持って感じとる経験でもあった。
今回、江戸時代の秋田の木目金を研究していく中でこの特殊な木目金(杢目金)という金属加工技術の伝承、研究の難しさを痛切に感じた。木目金(杢目金)は、細部における工程の複雑さ、および口伝えのあいまいさ、また彫金と鍛金の両方の基礎技術を有した前提の技術となるため、習得は非常に困難なものとなる。またその工程の多くは素材を作る段階に集約され、作品として昇華するには、制作者それぞれによる更なる研鑽が必要不可欠とならざるをえない技術なのだ。それ故、後進の指導となると実態は体験的な制作にとどまり正確な伝承と成り難いのが現状である。人によって使用する設備・道具の小さな差異によっても制作工程が大きく変化する不確定さを持ち合わせているので、目先のテクニックに翻弄され、その多くは技術的な表面上の習得にとどまっている。
精神性の観点からは、故伊藤廣利先生が「素材の云い分―木目金制作を通して―」で述べられている。現代社会における芸術の多様化にともなう生活を基盤としない美的価値基準の中において、金属工芸の中に精神性を見出すこと自体理解されがたいこととなってしまった。木目金(杢目金)が金属素材の変化を五感によって感じ取り、素材との対話によってはじめて、その独特の紋様をあらわす技術であったとしても、そこに内包する精神性を理解することはたとえ芸術に携わる人間であったとしても困難であると私自信も痛切に感じる。その技術の特殊性ゆえ、珍しさや独特の自然の風合いのみが持てはやされ、木目金(杢目金)技術の内包する素材と制作者との対話という思想的、精神的な意味への到達に至らないことは日本の文化にとって非常に嘆かわしいことである。
現在、私は木目金(杢目金)技術を使用し、婚約・結婚指輪の制作やジュエリー全般、また美術工芸品の制作を手がけている。日本が世界に誇るこの素晴らしい特殊な金属工芸技術が埋もれることなく現代の生活の中において、素材と制作者との関係という精神性をも含めて使用する人が楽しめる方法を模索してゆけたらと思う。
- [参考文献]
- 「鐔観照記」 鳥越一太郎 日本文教出版 1965
- 「鐔の美」 加島進 大塚巧芸社 1970
- 「鐔大観」 川口渉 南人社 1935
- 「秋田の鐔工と刀工の研究」 菅原鶴太郎 菅原美穂子1979
- 「日本科学技術史」 朝日新聞社 伴俊彦編
- 「素材の云い分―木目金制作を通して」 伊藤廣利
- 「茶道具の世界10 香合」 池田巖 淡交社 平成12年
- 「秋田の有形文化財」 秋田県教育委員会編
- 「彫金・鍛金の技法I・II」 金工作家協会編集委員会編
- 「アートマニュアルシリーズ メタルのジュエリークラフト―伝統技術を生かして―」高木紀子 三木稔 美術出版社 1982
- 「日本科学技術史 鍛金 三井安蘇夫」 朝日新聞社編 昭和37年
- 「秋田県文化財調査報告書第105集 秋田の工芸技術 杢目金 藤原茂」秋田県教育委員会 昭和58年
- 「平成十年度 学習講座 秋田の金属工芸」秋田市立赤れんが郷土館 平成11年
- 「ナイフマガジン」株式会社ワールドフォトプレス
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